トリドールが自らを「人材開発企業」と呼び、成果を出していくためには、あらゆる立場の者が「マネジメント」を意識し、共通の理解をもって繋がっていく必要があります。
そこで、本シリーズでは粟田社長をはじめ、いわゆる「トップ・マネジメント」の経営陣に「マネジメントのあるべき姿」や「部下、組織を持つ者への期待」について語ってもらいます。
ラストを締めるのは、神原取締役 兼 CSCO (最高サプライチェーン責任者)です。
「人を動かす。」「人を活かす。」それがマネージャーの役割

逸見 理紗子
現在トリドールでサプライチェーン領域を統括している神原さんですが、かつてアメリカにいらっしゃったと伺っています。当時ご自身が学んだというマネジメントについて教えていただけますか。

神原 政敏
はい、アメリカの様々な企業経営に触れてきました。驚かされたのは、その大部分が非常にロジカルな理論に基づいていたことです。抽象論や精神論に走りがちな日本型経営とはまるで違っていたんです。

取締役 兼 CSCO(最高サプライチェーン責任者)/神原 政敏
2013年7月入社。執行役員購買部長、執行役員商品本部長を経て2018年 6月に取締役商品本部長に就任。その後、取締役SCM(サプライチェーン・マネジメント)本部長を経て、2020年1月より取締役SCM本部長 兼 商品開発部長に就任(現任)。
大手流通企業での経験や独立後のコンサルタントとしての知見のほか、商品流通の川上から川下まで幅広く精通している。国内に限らず、グローバルな食材調達ルートの開拓や拡大をはじめ、良質かつ安価な食材の安定的な供給に大きく貢献している。

逸見 理紗子
アメリカに根づいたロジカルなマネジメントというと、例えばどのようなものですか?

神原 政敏
人を動かす、あるいは、人を活かすということがマネジメントにおいて非常に重要なわけですが、相手が人間なだけに多様性もありますし、一筋縄ではいきませんよね?

逸見 理紗子
そうですね。説明一つにしても、自分が理解できる方法と相手が理解しやすい方法とは違いますよね。

神原 政敏
そうそう。でも、例をあげるとアメリカの経営者やマネージャークラスは、1930年代に崇拝されたデール・カーネギーという人材教育の偉大な提唱者の『人を動かす』等々の著書を読み込んでいて、彼が提言した「人を動かす三原則」や「人を説得する十二原則」といった理論をそのままビジネスに活かしています。

逸見 理紗子
なんだか難しそうです。

神原 政敏
いえ。中身は決して難しいものではありません。例えば「人は心から褒められると、その人のために動こうと思うものだ」というような原則です。

逸見 理紗子
シンプルでわかりやすいです。ですが、そういったことは日本企業でも実行していますよね。日米で何が異なるのでしょうか。

神原 政敏
大きな違いは彼らの場合「方法論化」して、それを共有し、素直に実行に移している点です。

逸見 理紗子
「方法論化」とは具体的にどういったことでしょうか。

神原 政敏
誰にだって気づきそうな「助言の仕方」や「人との接し方」の正論を道徳や精神論としてではなく、仕事上の有効なアクションとしてロジカルに理解し、実行している。ということです。

逸見 理紗子
ロジカル・・・。苦手意識が高くなってしまうワードです。

神原 政敏
もちろん人種の多様性など、日本とは違う社会的背景もあってのロジカル・マネジメントの普及だったのでしょうけれども、一方で日本は単一民族という幻想にかまけて「背中を見て覚えろ」や「あうんの呼吸で空気を読め」というように、具体化・方法論化しないまま人や組織を動かそうとしてきたように思います。私の目には日米の間にとても大きな差があるように感じましたし、渡米経験がきっかけになって、積極的に人の活かし方を学ぶようにもなりました。
グループのMissionを踏まえ、各々の行動規範や価値観を提示していく

逸見 理紗子
渡米経験を踏まえ、神原さんの目でトリドールを見た時、率直にどう感じられたのでしょうか?

神原 政敏
組織がどんどん大きくなるにつれ、具体化や方法論化するという行動が非常に重要になってくるのですが、急成長真っただ中にあった当時のトリドールは、そこまで徹底できていないと感じました。

逸見 理紗子
Missionは設定されていましたよね?

神原 政敏
そうですね。ただ、そのMissionを達成するための方法や、戦術、行動基準などを共有しなければ、タスク実行というのは難しいと考えています。

逸見 理紗子
たしかに、これだけ組織が大きくなるとMissionだけだと、どう行動していいか自分だけでは判断できないことも多いかもしれません。

神原 政敏
今は、MVV*の体制になり、Missionを達成するための行動基準がToridoll-er’s Valueで言語化され、メンバーにもわかりやすく伝わり浸透し始めています。(関連記事:Mission、Vision、Toridoll-er’s Valueの3つはどのようにつながっているのか)
*MVV(Mission・Vision・Value)…組織が社会において存在する意義や役割を定義し、メンバーで共有するためのフレームワーク。Missionは、企業が社会の中で果たすべき役割を定義したもの。Visonは、企業が成すべき事や中長期的に目指す姿・目標を定義したもの。Valueは、Missionを実現するために大切にする姿勢や価値観、行動指針を定義したもの。

(トリドールのvalue『Toridoll-er’s Value』)

逸見 理紗子
そうですね。人事制度にも組み込まれ、わかりやすくなりました。採用要件など様々なシーンで、活用されますね。

神原 政敏
このように、『具体的な指示』を示してあげるのがマネジメントの上で重要だと考えています。
私なりの方法で言うと、現在のSCM(サプライ・チェーン・マネジメント)本部にあたるチームに、このToridoll-er’s Valueを、さらに、部としての具体的な方法として指示したタクティクスを共有するところから、マネジメントの改善を実施してきました。

逸見 理紗子
判断スピードのアップや、業務効率アップ、また、チームの統率も取りやすくなりますね。

神原 政敏
はい。それらが組織で共有され、浸透していったなら1つの大きな効果が出ると考えています。

逸見 理紗子
大きな効果、とは例えばとういったことですか。

神原 政敏
マネージャーが仮にいなくなったり、代わったりした場合にも、今までと変わらないスピードとクオリティで仕事が回っていくという効果です。

逸見 理紗子
「自分がいなくなってもチームが動ける状態にしておく」ことは、マネージャーにとって非常に重要なことですよね。

神原 政敏
そうなんですよ。今、トリドールグループではMissionが浸透されようとしています。それはしっかりと意味があるということですし、各事業会社や部門のマネージャー、そして店舗やエリアのリーダーたちは、これを踏まえた上で、各々の現場にもそれぞれの行動規範なり、価値観を提示していくべきだと私は考えています。

逸見 理紗子
皆で共通して追いかけていく目標や基準を設定する。それがマネジメントの使命ということでしょうか?

神原 政敏
はい、とても大事な使命です。例えば、Toridoll-er’sValueの中に「Flexibility for Success」という一つの行動指針があります。ただ、業務内容や役割によって、これに当たる行動は様々違ってくると思います。


逸見 理紗子
そうですね。

神原 政敏
「どういったことがこの『Flexibility for Success』にあたるのか?」「この行動は果たして『Flexibility for Success』なのか?」そういった混乱を起こさないために、SCM本部では先ほどお話したタクティクスを定めているのですが、SCMではこの「Flexibility for Success」を、「柔軟な発想の展開をベースに社内外と意見交換をおこない、強い食材を発掘する」と具体化し、メンバーに落とし込んでいます。

逸見 理紗子
たしかに、非常にわかりやすく身近なものとして感じられます。

神原 政敏
混乱や迷いに時間を使ってほしくない。だからこそSCM本部ではタクティクスという形で、Toridoll-er’sValueを具体化しています。

逸見 理紗子
非常に効率的ですね。しかし、こういった「当たり前のこと」を確実にいつでも全メンバーが体現していけるようになるのは容易ではありませんよね。

神原 政敏
そうなんです。若い頃の私自身もそうでしたが、「できて当たり前」のことを本当に当たり前のようにできるようになること、つまり「体現」していけるようになるまでには、相当な時間と努力が必要です。そのためにマネージャーが問われるのは2つ。
1つは「あなた自身が体現できていますか」ということ。もう1つは「各メンバーが体現していけるような環境を用意し、論理的にステップを踏んで成長していけるような状況を作っていますか」ということです。

逸見 理紗子
メンバーが当たり前のことを当たり前のようにできるようにするのも、マネージャーの使命ということですね。

神原 政敏
そういうことです。店長であれば、その店で働くすべての人たちが、やるべきことをやれるようになるまで育てる責任があります。1つの技能や発想や取り組み方というものは「体に染みつく」レベルまでいって初めてストロング・ポイントとなります。だから簡単ではないわけですが、逆にすべてのメンバーがストロング・ポイントを体得できたなら、そのチームは最高のパフォーマンスを発揮できるようになります。「人を育て、チームを育てる」というマネジメントという仕事は、このような努力の繰り返しだと私は考えています。
「共感」が生まれた時、人もチームも一気に成長する。その「共感」の担い手がマネージャー

逸見 理紗子
チームは最高のパフォーマンスを発揮できるようになるためには、まずはマネージャー自身が、当たり前のことを体現できているかどうかが問われるということでしょうか。

神原 政敏
そうですね。ですが、すべてにおいて誰よりも優れている必要はないと思います。チームが1つにまとまり、なおかつ各メンバーが「当たり前のことを当たり前にできるようになる」ための努力を、惜しまずにしていけるようにするためには、「共感」というものが不可欠だということです。

逸見 理紗子
「共感」ですか?

神原 政敏
例えばお店に新しい店長がやってきて、あれこれと指示を出すとします。それがどんなに正しい指示であっても、パートナーさん全員がすんなり納得して動いてくれるとは限りませんよね?

逸見 理紗子
そうですね。店長が変わった際によくあることですね。

神原 政敏
そんな時、「あ、この店長は我々に指示を出すだけのことはあって、ちゃんとできる人なんだ」と腹落ちできる様子を目にしたなら、人は共感をします。素直に「この人の言うことには耳を傾けよう」と思い始めます。
そうして共感というものが各メンバーに芽生えたならば、単に「マネージャーである自分の言うことを聞いてくれる」だけでなく、メンバー間にも共感力というものが生まれ、育っていきます。

逸見 理紗子
共感の伝播により、強いチームができていくということですね。

神原 政敏
はい。共感力の高いチームに、先ほど話したタクティクスのような「共通のよりどころ」が提示されたなら、皆はそれらを体現するべく努力してくれます。いわば、全員が成長していくためのロードマップとして機能していくことになるのです。
いまやトリドールは大きな組織になり、成長企業として注目され、様々な世界から多様な人材も集まってきています。非常に素晴らしい状況と言える反面、1つにまとまることはどんどん難しさを増してもいます。

逸見 理紗子
急成長してきたために、それは致し方ないですよね。

神原 政敏
長年同じ釜のメシを食べた者同士ではなくなりつつあるわけですから、当然といえば当然のこと。でも、「やむを得ない」で済ませていたら、集団としての成長は止まってしまいます。むしろ、そんな今だからこそ、ロードマップを提示して導いていく役割が必要なんです。バラバラの個性をもつ人間たちを共感によって1つにまとめ、「共通のよりどころ」を自ら体現して見せながら、時にはメンバーの手を引いて前に進めたり、時には彼、彼女らの後ろまで下がって、背中を押してあげることができるマネージャーがどうしても必要なんです。

逸見 理紗子
当たり前のことを当たり前にこなし、時には手を差し伸べられる存在になるべきというのは、時間的にも精神的にも相当な余裕が必要ですね。

神原 政敏
なにも、すべてを体現して見せられるスーパーマンになれ、とは言いません。でも、正しい方向を指し示し、そこへみんなを導くのがマネジメントという仕事です。そのためには、誰もが納得し、共感してくれるような存在にならなければいけません。可能な限り自ら体現をして見せていく覚悟をどうか持ってほしい。自分自身は天才ではなくても、自分のマネジメントのもとで天才を生み出していくことは可能だと私は信じています。そういう風に考えたら、マネージャーという役割は実に面白いし、そんな風に捉えてどうか努力を重ねていってほしいですね。